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Other
Article
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Abstract
ヘーゲルは、「哲學史講義」の近世哲學史に関する緒論の初めに、近世に於ける人間的思惟の自由を次のように特質ずけている。即ち、哲學は中世に於ては「まさしく神学に関する思惟」であったが、十六、七世紀に至って始めて「哲學、眞理としての眞理」が現れた。「人間は」ここに於て始めて、或いは再びと云って良いだろうが「自分自身に、自らの思惟そのものに、自らの知覚に、自らの内外の感性的自然に對して信賴を獲得した。」一方「教会は精神に對して威力を失った。」社会的には、人間は封建的隷属関係を脱して「自由人」であるべきであった。尤も人間はルネッサンスとレフォルマチォンに依って直ちに自由人=近代人として登場したのではないが、兎も角も中世的なカトリック教会からの學問―哲學及び自然科學を含めての―の解放はヘーゲルをして右のような凱歌を上げさせたほどの一大事件であったことは勿論である。
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| 出版者 |
ja
明治大學商學部研究所
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| 日付 |
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| 言語 |
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| 資源タイプ |
departmental bulletin paper |
| 出版タイプ |
VoR |
| 資源識別子 |
HDL
http://hdl.handle.net/10291/19074
,
URI
https://meiji.repo.nii.ac.jp/records/1524
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| 収録誌情報 |
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ISSN
0389-5955
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NCID
AN00239603
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明大商學論叢
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巻1
号3
開始ページ102
終了ページ121
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| コンテンツ更新日時 |
2023-09-15 |